「電信」としての電話
電信の場合、どれほど離れた地点まで情報が瞬時に伝えられるとしても、そこで電送されるのは交換手によってコード化された信号である。ところが電話の場合、はじめて人間の声そのものの送信を可能にしたのだ。受話器を手にする人物は、自分の声がそのまま遠くの相手まで瞬時に達し、また相手の声もこちらに達するように感じる。電話においてわれわれの身体は、一九世紀が生みだしつつあった電気メディアの威力に直接むかいあうことになるのである
初期の電話事業に乗り出していった人々 電話の社会的用途を明らかにする必要があった。
Fisher “America Calling” 電話は用途利用
ベルは、電話の単なる通信メディア以上の可能性に注目 → 電話事業にかかわる多くの人々の認識を代表するものではなかった。
電話は、その発明者自身によっても、単に要件伝達の手段以上のものとして、音楽や演劇、ニュースを送信する能力をふくんだメディアとして宣伝されてもいた、例えば 1876年5月のベルの講演会
以上のように、一八八〇年代から九〇年代にかけ、電話はしばしば、音楽や演劇、教会の説教や選挙演説、選挙の結果やさまざまなニュースを多数の聴衆に伝えるメディアとして受容されていた。こうした電話のラジオ的な利用は、さらに野球をはじめとするスポーツ試合の報道からシカゴのような大都市での有名なパレードの中継、センセーショナルな殺人事件の裁判の中継にまでおよんだという。そして、選挙キャンペーンやスポーツ試合はむろんのこと、教会の説教にしろ、凶悪犯罪の裁判にしろ、やがてその多くが、ラジオからテレビにいたる二〇世紀の諸メディアによってショー化されていったことは、あらためて指摘するまでもない。一九世紀の電話サービスは、二〇世紀に一般化するさまざまなメディア・イベントを、もっとも原型的なかたちで演出したのである。
一八九三年から第一次大戦後までの二〇年以上にわたり、毎日、政治や経済、スポーツのニュース、講演、演劇、音楽会、朗読といった番組をマジャール語で加入世帯に提供しつづけたブダペストのテレフォン・ヒルモンド
われわれはすでに草創期の電話について論じるなかで、一九世紀末、電信や電話がさまざまなスポーツ・イベントの中継に用いられていたことを確認した。マルコーニによるヨットレースの中継は、こうした電信や電話による中継を発展させたものともいえる。それまでの有線中継の場合、回線が固定されていたので海上を移動するヨットレースの中継は不可能であった。それに対し、無線はどこからでも送信できる。しかも、このマルコーニによる中継では、きわめて迅速な報道体制が組まれ、多くは実際の進行から三〇秒と遅れることなく、もうすこし長くなった場合でも七五秒と遅れることなく、レース展開が東部諸州の人々に伝えられていった。つまり人々は、ほとんどリアルタイムと言ってもいい速さでヨットレースを経験していくことができたのである。
ラジオが持つ送信機能はむしろ邪魔
吉見俊哉. 「声」の資本主義 (河出文庫) (Function). Kindle Edition.