概説
文明開化はしたけれど活躍できない日本の商社
文明開化で、大都市には、西洋の新しい文化が急速に広まったんだ。1872年に横浜と新橋の間に最初の鉄道が開通し、人力車や鉄道馬車が街を走るようになり、洋風建築やガス灯、洋服、洋食などが普及(ふきゅう)した。かんたんに言うと、西洋のものが大流行したわけなんだね。学校の教科書では、このことを文明開化と言っているね。ところで、外国のものを輸入するのは商社の仕事、だよね。だから、この頃の商社も、当然、流行していた西洋のものを輸入しようとしたんだよ。だけど、なかなか思うようにはいかなかったんだ。この頃の資料を調べてみると、日本の商社が輸入したものの合計金額は、輸入全体の金額のわずか1.3パーセントしかない(※1)。これじゃあ、輸入がうまくいっていたとは言えないね。じゃあ、それ以外の分は誰が輸入したんだろう……それは日本に在留していた外国の貿易商人たちだ。この頃は、外国の商人の力がとても強かったから、日本の商社は思うように活動できなかったんだ。
(※1 出典『日本商社史』実教出版) – https://www.jftc.or.jp/kids/kids_news/story/index2.html
- 幕末・明治初期の商社誕生に関わった人々
- 明治期横浜の貿易とその資料
- 幻灯が明治の人に見せたもの
蒸気船
他
https://www.aoyamagakuin.jp/wp-content/uploads/2021/09/agal_21_2.pdf